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CWS創作学校

創作ベーシックコース

STEP1 第1回テキスト

小説のルールと避けるべき事柄

 世に数多くある「小説」のうち、どれほどがその名に値するのでしょうか。また、いったい何がその作品を「小説」として成立させ、別の作品を「小説ではない文章」に留めているのか「創作」を学ぼうとする者は、踏み出しにおいてそのように問い、いつか訪れるであろう自作の完成に際しても同じことを問わなければなりません。できごとや物語を書きさえすれば「小説」になるのではなく、思っていること、訴えたいことを懸命に書けば名作ができあがるわけでもなく、小説には小説のルールがあるのです。

 だからといって茶道や華道のように「小説道」があり、厳格な作法や基準があるわけではないのですから、あわてて逃げ出す必要もありません。最小限かつ最低限のルールは、(1)小説は書き手の自己満足のために書かれるものではない、ということだけです。小説に必要なのは、ペンと紙あるいはワープロとプリンター、そして書き手と読み手です。

 「小説家」になりたいと思う人が陥りがちな最初の罠は、どこか華やかに、またどこか偉そうに見える「小説家像」を思い浮かべ、そうなった自分の姿を想像してしまうことにあります。あるいは、自分が「真摯に」訴えたことが、見も知らぬ誰かの心を動かす瞬間を期待してしまうことだと言ってもかまいません。両者に共通するのは、「読み手」についての想像力がまったくというほど欠けていることなのです。

 もちろん、史上に名を残す優れた書き手のすべてがそんな想像力を駆使していたわけではありません。読み手について思いめぐらし、ともすれば「読み手に媚びている」と批判されかねない配慮に想像力を駆使するよりは、いまだ書かれぬ自分の名作に向けてその力を注ごうと考えるのはきわめて正当な「大小説家」のありようです。だが、忘れてはならないのは、そうした小説家たちもまた、他人の書いた小説を読むことではじめて、自身が小説を書くことを決意したのだ、ということです。なぜなら、そもそも「小説」という概念を知らなければ「小説を書こう」などと思いはしないのだし、その概念は小説を読むことによってしか獲得できないからです(2)ロラン・バルト(3)金井美恵子をはじめ、多くの優れた書き手達は、「なぜ書くのか」という問いに対して「読んだからだ」と答えています)。

 (4)他人の書いた小説を読む、という経験は、とりもなおさず「読み手」の立場に自分を浸すことです。自分がどのような読み手だったのかを認識することは、小説は読み手を欠くことができないと認識することと不可分です。それは同時に、自分とは別の読みかたをする読み手が存在するだろうことを想像することでもあります。だとしたら、そうした「自分とは別の読み手」に対しても魅力を持つべく書くことは、必然なのです。
 「小説家像」だけを夢想する書き手には「読み手」への想像が決定的に欠けているし、「誰かの心を動かす」ことばかりを期待している書き手は、どうしたら(より明確に)自分の訴えが伝わるかを考えることなく、読み手が感動「してくれる」ことを身勝手に望んでいるだけといって過言ではありません。(最終的には料理の腕前や自分の魅力が相手を魅了することを確信してはいても、)優秀な料理人がお客の体調や嗜好を踏まえて味付けをするように、恋する者がどうしたら想い人の気を引けるかあれこれと努力するように、書き手は読み手のことを考えるべきです。すくなくとも、自分に対する(無根拠な、しかしそれゆえに強固な)自信だけを背にひとり小説を書き続けるのではなく、誰かに「小説の書きかた」を学ぶことを選択した者として、このテキストの読者であるみなさんにはそうした想像力を身につけることが不可欠なはずです。

 本講座では、小説が自己満足に終わらないためのいくつかの技法を、9回にわたって紹介していくことになります。(後略)

※お届けするテキストは縦書き、ここでは8ページ中3ページを掲載しています

第1回 課題

 初回の添削課題は、「月」をテーマに掌篇小説(ごくごく短い小説)を書くこととします。「月」を使って自由に書いてみてください。どのように使うかはおまかせします。規定枚数は、四百字詰め原稿用紙換算で10枚(4000字)までとしますが、たとえ短くなってしまっても、完成しなかったとしても提出してみてください(その際は、質問欄に「未完成です」等のコメントを付けてください)。必ず、添削講師が何らかのアドバイスをして返却いたします。

【註】

(1)小説は書き手の自己満足のために書かれるものではない

(2)ロラン・バルト 1915~1980。フランスの文学者、批評家。構造主義の旗手。文学作品を一つの表現として見るのではなく、記号体系として見る一貫した姿勢を持つ。著書に『零度のエクリチュール』『物語の構造分析』『表徴の帝国』『テクストの快楽』など。

(3)金井美恵子 1947~ 小説家、詩人。若干19歳にして、デビュー作『愛の生活』が太宰治賞の佳作となり、翌年現代詩手帖賞を受賞。『プラトン的恋愛』で泉鏡花賞、『タマや』で女流文学賞を受賞。前衛的とも言える独自の言語表現で、幻想的イメージをつくり出す。著書に『夢の時間』『道化師の恋』『文章教室』『迷い猫あずかってます』『恋愛太平記』『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』など。

(4)他人の書いた小説を読み、自分とは別の読み手にも魅力を持つべく書くよう心掛ける