4、重たいオノを振りまわせ
──最近では教えるということに力を注いでいるようですね。
専門学校で文芸創作の授業を受け持っています。それとは別に、スピーチライティングや文章ライティング講座なども開講しています[*1]。CWSで学んだことをテキストに取り入れ、自分なりにアレンジして使わせてもらってます。
──専門学校の生徒さんはどういった方たちですか。
18、9歳の学生さんですね。
──そういう若い方々に、CWSのテキストはどのくらい通じるものでしょう。
専門学校ではCWSのものを僕なりにやさしく改定した、いわば簡易版を使っています。もう少し難易度の高い講義は、社会人向けの文章ライティング講座でしています。社会人になると小説を書きたいという動機や深さがより明確で切実になってくるので、反響が大きいですね。
──当初のCWSには入門コースがなく、いきなり渡部さんの講義をまとめた難易度の高いテキストを使っていました。いまは入門コースからベーシックコース、創作コース、エクストラコースと段階を踏んでメソッドが作られています。
渡部さんのメソッドって、かなり重いと思うんですね。ずっしり重たいオノみたいなものです。その重たいオノを振りまわして、土地を開墾して種を蒔いていくわけですが、そのオノはとても重いので、持ち上げるだけでもたいへんなんですよね。
でも実は、もっと大事なのはその後なんです。
──そのあと、と言いますと。
いったん血肉化したものを再び壊していかないと、文章が面白いものにならないんです。
──苦労して組み上げたものを壊すとは、勇気と自信を要する作業ですが。
「中国の拷問」で、それをやってみました。すがるようにして学んだ大前提の技術ですが、それだけなら普通の作品にしかなりません。もう一回りしてムチャクチャな、テクニック的にはボロボロな作品にわざとしたんです。面白いと評価され新人賞を受賞しましたが、渡部さんにはまったく通じず、むしろ怒られましたよ。あの作品はなんだ、みたいな。
──テキストをそんなふうに学んでいたんですね。
めっちゃ真面目に学んでました。
月に一冊ずつ送られてくるテキストをそれこそ毎日なめるように読んで、線を引いてノートに書き写して、本当に自分の道しるべみたいに必死に朝から晩まで取り組んでました。課題作品も一カ月まるまる掛けて書いていましたよ。でも壊したくなったんですよね。
──ということは、使う人によってちゃんと活かされるということですね。
上澄みだけ取って使おうとしても使えないでしょうね。それだけ重い技術だということです。
──教える、ということに力を入れるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
それは、自分自身が親になったことが大きいですね。子どもが生まれてみると、子どもに読ませたいとか、子どもが読んでも伝わるように書かなければとか、思うようになりました。あるいは子どもだけじゃなくて、読者や目の前にいる人に伝わらないと意味がないんじゃないかと。そこが、この10年の変化だと言えますね。
ニュース番組を見て今までなんとも思わなかったことが、他人事とは思えなくなりました。政治にも興味を持ち始めたり。「中国の拷問」を書いていたときには感じなかったことです。ようやく自分も人間らしくなってきたってことですかね。
──スタンスが変わったことで、作品に変化はありましたか。
たとえばいま「中国の拷問」のような作品を書くというのは、なんか違うかな。『盗まれた遺書』[*2]に入っている作品も、今このタイミングで書くものではないと思う。
作品を書いているときは、自分が寄り添ってきた文学というものが念頭にあって、それを超えようと、ドストエフスキーより、カフカより、やっぱり自分の作品が一番面白いと思って書いている。でもそう思わないと逆に、なにも書けないんじゃないでしょうか。
今まで読んだり経験したりした文学の総体みたいなものを乗り越えようと、自分の小説にいつも向かっています。言葉づかいや表現の仕方は変わっていくかもしれない。しかし、小説に向かう姿勢はずっと変わることはないでしょうね。
──書くことを志す人たちに、アドバイスをいただけますか。
好きな作家を模写するのはおすすめです。僕もよくやりました。谷崎潤一郎[*3]とか樋口一葉[*4]とか古井由吉とか金井美恵子[*5]の文章を写しましたね。全部でなくていい。2ページぐらいを書き写してみてください。そうすると、虫眼鏡で見るみたいに見えてくるんですね。
──本当ですか。
なんでこの文章はこうなんだとか、なんでここで切ってあるんだとか、なんでこの単語を選んだんだとか、何故この漢字を使ってるんだっていうのがものすごくよく見えてくる、その作家の手法が乗り移ってくるんです。
──それはすごいですね。
ただ書き写すだけじゃなくて、同じところを何回も何回も書いてみることです、冒頭部分とか。そうすると自分の文章を書くときに、なんでここで切るのか、なんでこの単語を選ぶのかと書きながら考えるようになる。谷崎はああいう言葉を選んだけど、自分ならこの場合、こうするなどとやってるうちに、谷崎と共作してるような感覚になってくる。
──『春琴抄』の読みづらさ。一葉も漢文体です。
それを模写していくなかで文章のリズムを自然と体得して、自分の文章に活かされていくんです。
──なるほど。
あとはもう、書き続けることです!
小説を書くこと以外にも楽しいこと幸せなことは世の中にたくさんある。書くのをやめようと思えばいつでもやめられるんですね。でもだからこそ、書き続けるってことが一番大事なんじゃないでしょうか。なんで書きたいのかを突き詰めることに、明確な答えはないですからね。考えて、どうしても書くことが必要だとしたら、とにかく長い時間をかけて書くことを続けてみることです。(了)
2017年8月21日新宿にて
【校註】
- 「スピーチライティングや文章ライティング講座」とは、「鬼才小説家・仙田学の『思いが伝わるスピーチライティング』」「伝わる文章の書き方!」のこと。月1回程度開催。2018年1月現在3つのコースがあり、今後も増えていく予定。詳細は以下サイトからご確認ください。
https://ameblo.jp/sendamanabu/
「仙田学ファンクラブ」のTwitterアカウントはこちら。@sendamanabuFC - 『盗まれた遺書』(河出書房新社)は2014年に発売された単行本で初作品集。
- 谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう、1886年7月24日 – 1965年7月30日)は、日本の小説家。明治末期から戦中・戦後の一時期を除き終生旺盛な執筆活動を続ける。近代日本文学を代表する小説家の一人。1949年第8回文化勲章受章。ノーベル文学賞の候補には、判明しているだけで1958年以降7回にわたり選ばれている。最晩年の1964年6月には、日本人で初めて全米芸術院・米国文学芸術アカデミー名誉会員に選出された。『刺青』『痴人の愛』『卍』『春琴抄』『陰翳礼讃』『細雪』『鍵』『瘋癲老人日記』『台所太平記』『潤一郎新訳源氏物語』など著書多数。
- 樋口一葉(ひぐち いちよう、1872年5月2日- 1896年11月23日)は、日本の小説家。東京生まれ。本名は夏子、戸籍名は奈津。中島歌子に歌、古典を学び、半井桃水に小説を学ぶ。生活に苦しみながら、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」といった秀作を発表、文壇から絶賛される。わずか1年半でこれらの作品を世に送ったが、24歳6ヶ月で肺結核により死去。没後に発表された『一葉日記』も高い評価を受けている。
- 金井 美恵子(かない みえこ、1947年11月3日 – )は日本の小説家。活動初期は小説と並行して現代詩の創作も行っていた。『愛の生活』『岸辺のない海』『プラトン的恋愛』『文章教室』『タマや』『小春日和(インディアン・サマー)』『道化師の恋』『恋愛太平記』『軽いめまい』『柔らかい土をふんで、』『彼女(たち)について私が知っている二、三の事柄』『噂の娘』『快適生活研究』『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』『目白雑録(ひびのあれこれ)』など著書多数。
【校註】
Wikipedia、コトバンクなどのサイトを参考にしました。
2018年2月現在の情報です。